【特別企画】名馬の蹄跡 ライフ・イズ・ビューティフル号(那須トレーニングファーム)後編

国内障害馬術競技会

美しく、素晴らしい馬生を

日本に戻ったライフ・イズ・ビューティフル号は、1年近い休養を経て、2020年3月に国内競技会へ復帰。10月の大阪グランプリ ファイナル大会(日本馬術連盟公認4*競技会)でFEIジャンピング・ワールドカップ・大阪大会Ⅱ(大障害A)を制し、健在ぶりを示した。しかし、11月の全日本障害馬術大会 PartⅠでは大障害予選で失権となり、決勝の全日本障害飛越選手権には進めず。さらに、2021年の全日本でも予選敗退を喫し、龍馬はライフ・イズ・ビューティフル号をトップ戦線から撤退させることに決めた。

「2022年でブチ君は19歳になります。やはり、年齢的な衰えは隠せませんでした。オリンピック出場を断念したのも、パンデミックや経済的負担だけが理由だったのではなく、身体のダメージによるところも大きかったんです。帰国してからも良いパフォーマンスを見せてくれていましたが、さすがにこのあたりが限界だと判断しました」(龍馬)

とはいえ、ライフ・イズ・ビューティフル号は、2022年に入ってからも競技に出場している。4月に那須トレーニングファームで開催されたしもつけ乗馬大会(日本馬術連盟公認2*競技会)では、中障害Bクラスで勝ち星を上げた。今後はどのような競技生活、馬生を送っていくのか。競技から引退することはないのだろうか。

「ブチ君は障害を飛んで歓声を受けるのが好きだし、プライドも高いので、競技会に連れていかないと怒るんですよ(笑)。だから、元気なうちはクラスを下げて、長く活躍してもらえるようにと考えています。馬もやることがないと一気に老け込んでしまいますから、常に必要とされていることを感じてもらって、少しでも長生きしてほしいですね」(龍馬)

「ライフ・イズ・ビューティフルというのは、『日本で幸せな馬生を送ってほしい』という願いを込めて付けた名前でしたが、むしろ、ブチ君が私の人生を素晴らしいものにしてくれました。だから、ブチ君のこれからの馬生がずっと幸せで、素晴らしいものになるように、一緒に楽しく過ごしながら、大切にしていきたいと思っています」(思乃)

放牧地のライフ・イズ・ビューティフル号

こうして2022年春、ライフ・イズ・ビューティフル号の第三の馬生が始まった。そして、龍馬と思乃は、ライフ・イズ・ビューティフル号との出会いや共に戦った日々から得られたものを胸に刻み、未来へとつないでいく。

「馬術競技に携わっていく上で何より大切なのは、馬を信じること。どんな馬にも無限の可能性があると信じ、愛情を持って向きあい、馬の声に耳を傾けることです。『限界』というのは、人間が勝手に決めているだけ。ブチ君だって、スウェーデンではまったく期待されていなかったけれど、勝てない時期もあったけれど、信じて愛情を注いできたからこそ、日本一の馬になってくれた。海外では、『日本は馬の墓場』『ピークが過ぎた馬を売り払う国』なんて言う人もいますが、決してそうではないことを証明できた。だから、僕らはこれからも馬を信じて共に歩み、次の世代にもその大切さを伝えていきたいと思っています」(龍馬)

うまくいかない毎日が続いても、可能性を信じて頑張っていれば、いつかきっと良いことがある。愛情を持って接していれば、強い絆が生まれ、どんな苦難も一緒に乗り越えていける。人生(馬生)の美しさ、素晴らしさを象徴するようなライフ・イズ・ビューティフル号の物語は、いつまでも色褪せることなく、たくさんの人たちに希望を与え続けるはずだ。

<完>